音楽運動療法について
音楽は情動の変化を促すものである。
そのため、音楽療法は、言葉によるコミュニ ケーション以前の情動に働きかけて、患者の反応を客観的に観察することのできる数 少ない方法として期待が持たれていた。
つまり、言葉ではなく、音楽を介して患者と コミュニケーションをとっていこう、ということだ(*1)p.28)。
また、音楽療法は、患 者が辛い治療を楽しく受けられるようにしたり、運動を楽しいと思えるようにしたり する手段としても用いられる(*2)p.iv)。
トランポリンを用いての身体運動について
トランポリン上での高重力姿勢保持と上下運動がもたらす脳幹刺激が、患者に意識覚醒を促す。
療法の実施者は、この覚醒状態に導かれた患者に、音楽を聴かせたり、 トランポリン上でボールの受け渡しをするなど、複数の感覚刺激を与え、神経の活性 化を促すというトレーニングを積み重ねさせる。
すると、そのようなトレーニングの 繰り返しが、
・患者の残存機能の拡大
・運動機能の向上
・認知機能の向上
という3つの 効果の発揮につながる。
また、療法の実施者は、患者をトランポリンの上に立たせることによって、高度な 判断を司る大脳の活性化をはかることができる。
なぜなら、患者をトランポリンの上 に立たせることが、障害を持ちつつもそれに対処せねばならない環境や状況を患者に もたらし、経験・学習を重ねさせていくからだ (*1)p.13)。
残存機能の拡大
トランポリンの上下運動では、重力に抗して立たなければならない。
そのため、そ の姿勢で運動をすることが、筋肉の衰えを防いだり、骨格を正常に保ったりすること につながる(*1)p.14)。
運動機能と認知機能の向上
トランポリンの上での上下運動は一定のテンポで行われるため、快感をもたらす。
そのうえ、上下運動は不活性化している身体の各部を活性化する。
身体の各部の活性 化は脳幹に感覚刺激を与え、脳全体の働きを促進していく。
このように、上下運動は 患者の脳の神経網を活性化し、患者がトランポリンの上で、より意識を集中した状 態、あるいは自発性が促された状態に置かれるように導く(*2)p.iii、*1)p.19~20)。
そ して、認知機能や運動機能を高める可能性が大きくなる。
また、トランポリン上でのボール投げは決して易しくない。
だから、うまくでき た時の喜びは、患者の心に鮮烈に記憶される。
その達成感と印象が深く記憶されるこ とで、さらなる運動能力の獲得に向けて挑戦する意欲が生まれる。
結果として、運動 能力の拡大が実現できる(*1)p.13)。
急な上下運動は人に快感を与える
人は危険に直面すると興奮状態になる。
しかし、一旦その危機から脱すると、安堵感 が生まれ、喜びが沸き起こるようになる。
つまり、急な環境変化は人に不安と緊張をもたらすが、いったん安全だとわかれば人は落ち着きを取り戻し、次第にその異常な興奮を収め、やがて刺激を楽しみとして捉えるようになるということだ。
換言すれば、緊張 が快感に転じるのである。
このことは、子供をあやす時の行動から伺える。
子供をあやす時、「高い高い」をすると、子供は本能的に泣き止み、笑う。
なぜなら、高く持ち上げられて危険を感じ、驚 いて泣き止むうちに、上下運動が繰り返されると、次第に快感を感じるようになるからだ (*1)p.19~20)。
つまり、トランポリンによる運動療法は、上述した、人の心理的・生理的現象を利用したものだと言える。
身体運動に音楽を用いる
脳は、
・良い刺激
・励ましを与える環境
・心地よさを感じる体験
という3つの要 素を積み重ねることを通して、条件によって失われた脳神経細胞を再生したり、脳の 機能を回復したり、新たな機能を獲得したりすることがわかっている(*1)p.20)。
ここ では、運動は良い刺激に相当し、トランポリン上での重力に抗した上下運動と音楽は 心地よさに相当すると考えられる。
ゆえに、音楽運動療法は運動機能に障害を持つ患 者の早期回復につながると言えるだろう。
回復要素と音楽運動療法を進める鍵
常に喜びがあって成立するのが音楽療法であり、強制的な訓練ではない。
音楽運動療 法は、あくまでも患者とのコミュニケーションを通して、音楽に包まれながら喜びを共 有し、患者の状態に応じて臨機応変に進める。
そのためには、患者の個別性に合わせた 適切な時期、提供の方法、ジャンルと曲の選択などの見極めが重要だ(*2)p.iii)。
このことから、音楽運動療法を進める鍵は、音楽を用いることによって患者がいか に運動を快感経験として記憶するかにかかっていると言えよう(*1)p.16)。
療法に使用する音楽について
身体運動は音楽により誘発される、という音楽の特性がある(*5)。
だから、音楽 運動療法に使用する音楽は、感性伝達に適したものを選ばなければならない。
好きな 曲を中心に、演奏し、基本的には嫌いな曲は演奏しないことが肝心である。
選曲の良 し悪しが療法の成果を左右するため、患者の心理状態を把握する能力とそれに適した 音楽の選び方も重要だ。
また、患者の動きに合わせて曲を演奏することで患者の心理状態が変化し、顔の表 情も変化するため、常に観察を怠らないように注意する。
なぜなら、動くテンポに合 わせて演奏を徐々に変化させて行くことで、患者の身体の動きを誘導することができ るからだ (*1)p.32)。
このように、音楽は人の生命維持を司る部位を活性化すること も、逆に生態を混乱させることも可能である。
そのことから、「音楽は、人間の生命 と交わせる言葉である」と言える(*1)p.33)。
まとめ
脳は、良い刺激と、励ましを与える環境と、心地よさを感じる体験という3つの要 素を積み重ねることを通して、失われた脳神経細胞を再生したり、脳の機能を回復したり、新たな機能を獲得したりする (*1)p.20)。
運動は良い刺激に相当し、トランポ リンの上での重力に抗した上下運動と音楽は心地よさに相当すると考えられる。
ゆえ に、音楽運動療法は運動機能に障害を持つ患者の早期回復につながると言えるだろ う。
療法で音楽を用いる場合には、患者のモチベーションを維持、あるいは向上できる ような選曲が必要である。
<参考文献>
1)野田燎著『脳と心を癒す音楽運動療法入門』工作舎出版、2009
2) 野田燎『芸術と科学の出会い』医学書院、1995 3)野田燎、後藤幸生著『脳は蘇る−音楽運動療法による甦生リハビリ』大修館書店出版、 2000
4) 飯森眞喜雄、町田章一編『芸術療法実践講座5ダンスセラピー』岩崎学術出版社出版、 2004
5)松井紀和『音楽療法の実際−音の使い方をめぐって−』(株)牧野出版、1995 6)木下是雄『レポートの組み立て方』筑摩書房、1994
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